私はレポーター(4)舞妓さん撮影の3
あの大合唱で落ち込んでいた私に昨日小さな朗報が入った。観光センター主催のコンテストに入賞したって。信じがたいことだけれど、書類が来たのだから間違いなさそう。気持ちを取り直して、舞妓さん撮影のレポートを書き始めるが、一ヶ月余りセンター内に展示され、観光客の目を引く役目を果たすのだけれど・・・と叉気が散る。
青葉の頃、舞妓さんと芸妓さんの2人と一緒に八坂神社から高台寺の裏手まで歩き、
バックがいいところで、止まって撮影する時があった。私たちは歩きやすい靴だから、少々歩いてもいいのだけれど、彼女たちは裾を持ち上げて、重い手提げ袋に蛇の目傘。その上、舞妓さんはポッコリ。考えただけでも、歩きにくい姿なのに、舞妓さんの歩く速度の速いこと。芸妓さんがチョット立ち止まり、裾を持ち直した時傘を落としそうになったので、「もってあげましょう」と言うと、「大丈夫どす」と言葉を返したけれど叉、落としそうになるので、「持ったげるから」と傘を持つと、「おおきに」と頭を下げてくれた。それから、ちょっとしたおしゃべりをした。
「こんなに歩くのんしんどいでしょう?」 「歩くの好きどす」 だからこんなに歩いても、愚痴もこぼさないのだ。でも まあ大変でしょうね~。
「何処から来たはるんですか?」と尋ねたら、「大阪どす」。大阪と聞くと、「どの辺ですか?」とききたくなる。「知りはらへんと思いますえ」と答える。「私も大阪やから知ってるとおもうよ」「堺どす」「そんなら、近いやん」となってローカルな話となった。
近くても家に帰ることはなかなか出来ないので、お母さんが「行った方が早いわ」って来るんです、と言っていた。
随分歩いた甲斐あって撮影にもってこいの良い雰囲気のスポットがたくさんあった。皆さんは二人を交互に存分に撮影しておられた。
最後に驚いたのは、次のお仕事に急ぐ芸妓さんを車に乗るトコロまで、舞妓さんが見送りに行ったことであった。 まるで体育系!! 写真は後日マイフォトでどうぞ。
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