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2009年2月

私はレポーター(2)舞妓さん撮影の1

  NHK の朝どら「だんだん」もだんだんすべて収まるべきところに収まっていくようですが、一人コウタ君だけが行くべきところがありません。彼は松江に帰るのでしょうか?多分そうだろうという意見と京都に残って仕事を探すと言う意見があるでしょうね。今日しか予想できないーーー明日にはわかることだから。彼は料亭「花村」のホームページを立ち上げ、予約や蜆の佃煮販売、着物地での洋服仕立て取次ぎなどを扱うようになるだろうと、私は予想します。最近は舞妓さんの予約をパソコンでするのだと、舞妓さんばかりを撮っている先生が仰ってましたから・・・ そこでその先生の撮影会にもぐりこんでのレポート。

  京の春を舞妓さんと共にと銘打ってサクラの盛りに京都四条の花街に出かけた。昼食を老舗の料亭で済ませ、その後2階で撮影会ということであった。私も当然カメラを持参した。

  その料亭は玄関を入ると、ず~と奥まで土間が続いている。その土間は黒光りがするほど磨きあげられている。 入り口近くの畳の間に上がると、こちらですと促され、引き戸を開けると薄暗く何も見えない。チョット目が慣れてくると、中央の膳を囲んでる数人の人がみえた。「ココが食堂やわ。」と中に踏み込むと、なんと50センチ落下。危うく転んで、骨折でもしそうな感じであったが、辛くも、グッと持ちこたえる力があった。ヤレヤレ。

  コレは日本家屋のたたみをと床板を取り払って土間と同じ高さにじゅうたんを敷いているからである。 そのその昔、大阪の町家に住んでいたとき、玄関を洋間にするために、中の間との差が50センチほどもあったのを覚えている。コドモだったから、トンと飛び降りるか、座り込んで降りていた。

  そこで軽く食事をしたあとで、いざ撮影と2階に上がることとなった。2階には10人以上一緒に上がるのは古い木造家屋を傷めるので、2組に分かれて上がった。私は当然後の班。前の班が降りてきたので、いざとあがりかけた。階段の幅は約50センチ、奥行き20センチ、高さ40センチほどであった。手に物を持って上がるのは辛い。それを舞妓さんたちは着物の裾を手に持って上がっていくのである。とにかく私はすべり落ちないように手すりをしっかり持って上がって行った。

  コノ階段もあの大阪の家の階段ににている。2階から走り降りると、上から数段のところからズズズズーとすべり越ち、下までノンストップ。そこにちゃぶ台が置いてあって、それに激突してはイタッと泣きべそを描いたものだから、そんな再現はしたくないと思えば、余計に怖い。どのようなものか知りたい人は大阪の適塾に行けば体験できます。

  舞妓さんの写真はアルバムに入れようかなと迷っています。

  a-aさんコメントありがとう。

 

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私はレポーター(1)ー復活への走り

  うとうとしていると、大きな電話の音。何時までも鳴り止まないので、目がさめてしまった。 またまたA子

  「あれ何よ。オリジナルかと思ってチョット期待したけれど、あれは完全にイソップ物語ですがな。全然新味がないわ。」

  「どういたしまして、あれはオリジナルですよ。ただね、イソップ的なおはなしというだけです。現代のお話で昔の名作を下敷きにしてないものはほとんどありませんがな。二番煎じや三番煎じは鼻に付くだけのことですがな。」

  「そしたら、あれは四番煎じですか?」

  「はいはい、おおきに、そうしといて頂戴。」と言ってジャンと受話器を置く。頭がはっきりすると、復活劇の写真が出来上がっているのを思い出した。

Photo Photo_2 大阪女子国際マラソン:長居公園通りを西に向かって冷たい風を受けながら、2時間以上も走ってきたとは思えない軽い足取りで、渋井陽子選手があらわれました。置きピンをして待ちに待った私ですが、あ~という間に彼女は走りさりました。1枚撮れただけでした。3番手が通りすぎて、横断歩道を通ることが出来たので、家のテレビでテープを切る姿を見ようと、急ぎましたが、画面はもう、インタビューでした。かわいい笑顔。彼女のこんな顔を見たのは初めてでした。嬉しいときにはこのようになるのですね。

決めました。これからは小説を書くのではなく、写真を撮ったときの情況等をレポートすることに・・・

 これからをお楽しみに。ヘ、ヘ、ヘ。

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白い まもの(12)

   白い花はみ~んな、みんな雪だったのです。カー君は思わずため息を付きました。クルクル見回すと、カッカ君の笑い声だけが残っていました。腹が立ってきて、木を大きくゆすり、「ア~」と言うと「ポ~」と答えてきました。山に向かって飛びながら、大きな声で、「カッカ君のア~」と言うと「ポ~」と続きました。カー君の下を列車が汽笛を鳴らしながら、走っているのでした。カー君は馬鹿らしくなってカーアちゃんとカッカ君の後を大急ぎで追って行きました。

  Photo

Photo_2 Photo_3          「孫に読んでやろう。」

「列車の中で読もう。」 

    となって欲しいな~~。

    あ~あ疲れた!!もうこんなん書けへnわ。とにかく、眠たい寝ますわな。

    お休みなさい、            

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